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Works 今祥枝の「お仕事」

ようこそ、今祥枝の仕事部屋へ

「夢を叶えたんだね!」と高校時代の友人に言われたことがある。
すっかり忘れていたが、高校時代に「映画を観る仕事がしたい」などと話していたらしい。
“映画を観る仕事”ってなんだ?と思うが、現在、邦画・洋画含む映画について、そして海外ドラマを中心とした海外エンタメについての評論を“専門”とした著述業をしているわけで、確かに“夢”は叶っているのかもしれない。
しかし、現実は厳しい。
20数年にわたり、映画・海外エンターテインメントをプロの著述業として評論・批評・紹介をしてきたわけだが、今でもたまに“海外エンタメ”好きなライターという認識をされてしまうことがある。評論・批評をし、様々なエンターテインメントを紹介するからにはそれなりの知識・経験の積み重ねが必要とされる。その知識の収集・経験の積み重ねについては自負もあるが、なかなかその価値を認めてもらえらないことへのジレンマは常にある。

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というわけで、“365日エンタメ三昧”なのである。
「三度の飯より~」「寝食忘れて~」というべきなのか。
四六時中、「なにか」を観ている。(視聴方法へリンクさせる)
観ていないときは「なにか」を読んでいる。
家人が休日のときに一緒に映画館へ映画を観に行くのもお約束な趣味。
たんなる“海外エンタメ”「好き」だから、というわけではない。
仕事をする上で対象が「好き」なことは重要だが、「好き」だけで仕事はできないことは自明の理だろう。

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仕事用のノートは3冊。
ネタ帳は、感想を書きつけたり、書くネタを思いついたりしたときに書き留める用。
日記的なもの(精神安定剤となるときも)。
日常起こりがちな自己が招くトラブルを防ぐ戒め用(と言っても問題は起こるのだが)。今時手書きで、しかも万年筆で感想を書くのはアナログで非効率と思われるかもしれないが、これが一番自分にはしっくりくるスタイル。
とくに、ネタ帳は様々な媒体に寄稿しているなかで、ネタかぶりをさせないために必須な存在。一度使ったネタは使わない。一方で、これは重要だと思う作品については、切り口を変えてしつこく推していく。あくまでも作品ファースト。
このようにネタ帳とほか2冊の生活経験記録などを合わせながら、さまざまな原稿構想を頭の中で展開しているときが一番楽しかったりする。

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仕事と向き合ううえで、自己スタイルとして確立できつつあるのが、評論、考察、コラム、エッセイといった自分でじっくり考えながら書く、という作業。これが一番よい着地点のように思えている。
そうはいっても、これまで多数行ってきた邦画の現場、海外の現場やスターたちへの取材といった経験の積み重ねも重要。これらの経験があるからこそ、自己内消化をしつつアウトプットしていくことができる。

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書くことが好きだ。
書くとなぜか気が晴れる。
それは自分の言いたいことが言えるから、かもしれない。
小学低学年の頃、小さめのノートに推理小説を書き、本のように作ったりしていた。ナンシードリューとエラリークイーンをミックスさせたみたいなお話。
高校時代には、倫理の小論文で「幸せについて」を書いた。
銀河鉄道の夜を引き合いに、障害を持つ弟のこと、差別のこと、そして自分がどこにも馴染めないと感じていること、を思いっきり書いたら、意外にも担当教師に認められた。
大学の卒論テーマは「キューバ危機」。
「決定の本質」がどこにあるのか、戦争を回避できた理由について。
ちなみに専攻は史学科で西洋近現代史。
近現代史の授業では近現代の英米ロシアの政治、外交について主に学んだ。
史学の授業では、論文手法を叩き込まれた。これは現在の仕事にも大きく影響を与えている。資料の集め方、調べ方、それによる「事実」の収集。それらから推論し、自論を展開していく。
この作業過程が、俳優や映画、海外ドラマについての原稿を書く際の作業と似ているのだ。
ネットという便利なツールがある今でも、それは変わらない。

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こだわっているのは作品のセレクト。
「書く」ということは最終的なアウトプットの形であり、その前にはさまざまな編集的な作業がある。まず、企画を立てる。その企画に沿った作品セレクトを行う。これらの作業が独自コラムを展開するうえでの“肝”となってくる。エンタメ専門の著述家として、そして編集者として、ここは一番のこだわりどころである。
幸いなことに、現在の連載や単発特集などは、基本的に自分に作品セレクトの権限を与えられているものが多い。もちろん、その分自分の責任も重くはなるのだが。
流行り物をあえて避ける、のではなく
流行っているものはとりあえず観る、がモットーだが、仕事としては流行り物の中に「埋もれてしまった作品」たちをすくい取りたい。だからこそメインストリームにあがってこない作品に興味が湧く。そんな作品群をこれからも紹介していきたい。

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最近、よく考えていること。
ジャンルを問わず、個々の特性を打ち出した評論・批評をすることがだんだんむずかしくなってきてはいないだろうか。みなで作品応援することが、批評・評論といえるのだろうか。このような同調風潮は、評論・批評を専門としている著述家にとって、深刻な状況なのではないだろうか。
ずっと考えを巡らせてきている。しかし、自分なりの明確な答えはまだ見つからない。
とはいえ、今祥枝としての評論・批評、そして推し作品紹介ができる環境をいただける限り、発信は続けていきたい。
そう考えている。

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